広島大学 カーボンニュートラル × スマートキャンパス 5.0 CARBON NEUTRAL × SMART CAMPUS 5.0

塩路恒生
技術センター
技術専門員

キャンパス・施設
教職員
産学・地域連携

脱炭素社会のモデルとなるキャンパスをつくる

豊かな自然環境をキャンパスの中に維持することは、どのような意味があるのでしょうか。東広島キャンパスでは、その多面的な価値を受け継ぐため、地道で丹念なキャンパス整備が行われています。

里山の原風景

東広島キャンパスの山中谷川沿いは、キャンパス移転(1995年)前には谷あいに沿って小さな水田が作られ、ひっそりと農耕文化が営まれていました。水田の周囲には手入れのされたアカマツ二次林が広がり、コバノミツバツツジが咲き、里山の草本が普通にみられました。小川では、ホタルやドンコ、イシガメなどが生息する自然豊かな環境でした。大学の移転と同時に水田は放棄されアカマツ林は手入がされなくなりました。

キャンパスの中はと言うと、東大橋周辺は、造成工事のために樹木が伐採され斜面は土砂により塗り固められました。その後、手入れがされることもなく放置された斜面ではササ類が繁茂し、クズなどのつる植物やセイタカアワダチソウなどの帰化植物で覆われ、荒廃した環境になっていきました。キャンパスでは、松枯れにより毎年多くのアカマツが伐採されています。東大橋周辺でもそれは同じです。このままいくと周辺のアカマツはすべてなくなってしまうでしょう。

キャンパスの松枯れ
キャンパスの松枯れ

その一方で、工学部西斜面のアカマツ林は、移転してきてから今まで、施設部により下草刈りが実施されてきました。手入れのされたアカマツ林は、ほかの場所に比べて松枯れも少なく、樹林下では、毎年みごとにコバノミツバツツジが咲き誇っています。

手入れの行き届いた工学部西斜面
手入れの行き届いた工学部西斜面
コバノミツバツツジ
コバノミツバツツジ

コバノミツバツツジの再生

コバノミツバツツジは、西日本のアカマツ林など明るい二次林に生育する落葉低木です。花期は、3~4月でキャンパスではソメイヨシノが満開なるころに紅紫色のきれいな花を咲かせます。ツツジは東広島市の「市の花」であり、コバノミツバツツジは賀茂台地を代表する花なのです。

2017年、施設部により東大橋周辺の整備計画が立てられ、下草刈りなどの作業が行われました。発見の小径の観察路として利用されていた道は、これまでは、下草が茂りぬかるんで歩きにくかったのですが、ウッドチップ舗装が施され、非常に快適で歩きやすい空間に生まれ変わりました。整備計画が完了し、快適になった東大橋周辺ですが、これまで放置してきた代償は大きく、整備後の斜面には、いくらかはツツジが残っていたものの、どれも日照不足などにより軟弱なものばかりでした。コバノミツバツツジをキャンパスに取り戻すには、かなりの時間が必要になると考えられました。そこで、1995年に放射光科学研究施設建設の際に、ががら山より移植し、東広島植物園にて蘇生・保護を行っていたコバノミツバツツジの苗木30本を東大橋周辺の斜面に植栽し、再生を試みました。

整備計画図
整備計画図
ササ類などの下草刈り
ササ類などの下草刈り
整備されたウッドチップの遊歩道
整備されたウッドチップの遊歩道
圃場にて保護されていたツツジ
圃場にて保護されていたツツジ
コバノミツバツツジの植栽
コバノミツバツツジの植栽

現在、東大橋周辺は、職員の方の力で定期的に下草刈りが行われています。また、マツの実生の育成や里山の樹木や草本の保護が行われています。環境整備を行ったときに一時的にいなくなった野鳥や昆虫たちも戻りつつあります。手入れを続けることによって、キャンパスに残されていた里山環境は再び昔の姿を取り戻してくることでしょう。ただし、この手入れを放棄してしまうと、また荒廃した環境に後戻りします。豊かな自然環境を維持していくためには、私たちの継続的な力が必要になってきます。

生態系が回復してきた東大橋周辺
生態系が回復してきた東大橋周辺

カーボンニュートラル・キャンパス

マツ枯れを放置すれば、荒廃した時期を過ぎ、広葉樹林、次に照葉樹林と、自然に遷移が起きます。しかし、これには相当な年月を要します。人の手を加え、アカマツ二次林を再生する方が、森林としての回復は格段に早く、キャンパスの森林による二酸化炭素吸収量も向上させることができます。

カーボンニュートラルへの寄与に限らず、豊かな里山環境をキャンパスの中に受け継いでいくことは、そこで過ごす学生、教職員、地域の方々、遊びに来る子どもたち、誰にとっても価値のあるものです。鏡山公園、田口・郷田地域の良好な自然環境を、大学の敷地で途切れさせず、キャンパス内の山中池、山中谷川、ふどう池、角脇川、角脇調整池と連続的につながる自然環境を再生していくことが望まれます。2021年秋からは、ぶどう池から角脇調整池までの川沿いの樹木の再生・整備を、総合博物館として実施する予定です。

 

(文・写真:広島大学技術センター 技術専門員 塩路恒生)
(文章はTown & Gown オフィスにて一部改変)